2012年5月28日月曜日

「葬送」 第3楽章

高校1年の時に我が校にいた音楽教師イイノ(♀)は
ピアノがへったくそだったからなのか
フォークギターを片手に
ガロやグレープの唄を歌わせる授業をしていた。

女子高生にはその選曲センスは理解できない。
「いちご白書って? 神田川?どこ?」てかんじで授業崩壊。

声量のないイイノは「静かにしてぇ」と懇願するばかり。


ある時、イイノは授業の冒頭で
「最近、睡眠薬飲んでもねむれなくて・・・」と切り出してきた。

斜めからのジャブに
いつになくシーンと話をきくわれわれ生徒たち。

「先生ね、大学生のころから不眠症なの。みんな睡眠薬たくさんのんだら自殺できると思ってるだろうけど、睡眠薬って薬局に行って買えるもんじゃないのよ。

病院行って根掘り葉掘り聞かれて、薬局で名前と住所書いて、未成年だったから親の署名も必要で、それからやっとクスリもらえるの。

こっちは自殺する為にクスリもらいに行ってるわけだし、3ヶ月ぶんくらいいっぺんに飲もうってクスリ貯めるために病院通ってたんだけど、行っている内に嘘ついてるのがバレてきたらまた違う病院行って。

早く薬貯めて死にたいなぁって思っていたら同級生がおしえてくれたの。もっと楽に死ねる方法を。まずぬい針を用意して・・・(この先は自粛)」


あたいはこの話の情緒不安定っぷりに完全にメロメロになった。

生徒が興味をもって話を聞いてくれることに味をしめたのか
イイノはその後も毎週のようにちょいちょいと
「病んだ小話」を話すようになり、

音楽の時間→イイノの闇話の時間に。


週に一度の闇話時間がしだいに楽しみになったころ
イイノはちゃっかり妊娠して休職。


産休教師として、音大出たてのアライ(♀)がやって来た。

 「あらっちょっと、このピアノ音程悪いわね」
 「この指揮者のCD、いまひとつなのよねぇ」

などと、人に聞かせるための独り言をよくいう女だった。

情緒不安定のイイノの次は、あてくしざーますアライか。


鼻持ちならねぇと思いつつ
田舎の高校には珍しい
「ちょっと良いところの育ちの雰囲気」をもつアライへの興味が湧いてきたあたい。
 
「先生、ちょっと相談なんですけど、ピアノ教室だと練習曲みたいなのばっかりなんで、
普段楽しんで弾ける曲があったらおしえてほしいんですぅ」などと
音楽ネタでお近づきを謀った。

「そう。じゃぁ今度の授業までにあなたに合う曲を探しておくわ」

と。

で、翌週の授業の日にアライがくれたピアノ譜面は
ショパンの『葬送行進曲』だった。

こ、これが私に合う曲……なのか?



今、大人になってみると
確かに美しい曲だし、
ネタとしてもいい曲だな、と思うのだけど、


当時のあたいは、

こんなの練習しだしたら
うちのおばあちゃん泣いちゃうだろうし、

近所の人も「最近あそこのうちからお葬式の曲が……」って言われちゃうし、

そもそももうちょっと素敵でときめく曲がよかったのに、と思っちゃったんだよね。


「簡単だからすぐ弾けると思うわよ。弾けるようになったら聴かせてね」
あたいのピアノのレベルも知らないくせに「簡単だから」って言い切れる
そーゆー「おほほ」な雰囲気もなんかムカついたんだよね、そのとき。


結局、練習することもなく、
そのうちに産休を終えたイイノが戻ってきて。


一年の休職の間にすっかり憑き物が落ちたイイノは
もう「病み小話」をすることもなかった。

あたいはもう音楽の授業なんてどうだっていいやと思った。