高校2年の時、家庭教師のバイトをした。
知人の紹介の中学2年生男児。
こいつは曲者だった。
14歳なのに2桁の足し算、引き算さえできないのだ。
高校はもうぜったいに行けないから
せめて基礎学力ぐらいは付けさせたいという、親心らしい。
彼は下っ端ヤンキーだった。
背が低く、ボウズ頭をオキシドールで脱色。
ペンケースには、当時のヤンキー呪文「BOΦWY」の文字。
全身たばこ臭かったし、根性ヤキもいっぱいあった。
シャーペンに縫い針を仕込んで腕を彫っていたし
前歯の間をキリで穴をあけ、そこからツバをペッペペッペしていた。
教える内容はほとんど小学2、3年生の内容。
だが、覚える気のない人に教えるのは至難のワザだ。
掛け算九九も5の段くらいまではどうにかできたが
『5ダースの苗=いくつの苗があるでしょう?』なんてのは、やっぱり難問だ。
なぜならばまずダースという単位が解らないからだ。
しかし、しだいに「郵便局」なんてのも読めるようになってきたし
ローマ字も覚えてきた。
あたいは教えることが楽しくなってきて
本屋で小学生の参考書なんか見たりもするようになった。
しかし彼には盗癖があった。
勉強はうちで教えていたが、あたいの部屋に張ってあった大きなポスターを盗まれた時はさすがに頭にきた。
もうすこしバレないものを狙いなよ!
盗むものまでバカだな!
「今まで気が付かないふりしてたけど
ファミコンのカセットも私の下敷きも全部返してよね」
彼はあやまりもせず、帰って行った。
それ以来、なんとなく来たり来なかったりしているうちに
親から電話があって「もうやめたい」と言われた。
それから1年後。
あたいは高校を卒業して大学に入学するまでの間、近所のケーキ屋でバイトしていた。
そこにあのヤンキーが母親と買い物に来た。
久しぶりに会った彼は、相変わらずちびっこで、相変わらずまゆ毛を鋭く剃っていた。
無事中学校を卒業し、ちかくのスーパーに就職が決まったという。
今日はそのお祝いのケーキを買いに来たそうだ。
あたいはもうすぐ実家を出て、遠く一人暮らしを始めることを伝えた。
小学校の教諭になろうと、教育学部に進学することが決まっていたけど伝えなかった。
数日後、彼はポスターを持ってケーキ屋にきた。四つ折りだったけど。
ポスターに折り目つけるだなんてやっぱりバカだ。
なにはともあれ、もうとっくに好きでもなくなったそのタレントのポスターは返ってきた。
ネコの置物も、肥後ナイフも、ソーイングセットも帰って来なかったけど
一区切りついたかんじがしてちょっと嬉しかった。